6/28 サース・フェー

6/27午後、キャンプ場に帰ると例のおじさんがテーブルに座って酒を飲んでいた。ここは干す場所が少ないため毎日ためずに洗濯をする。6/27〜28にかけての夜凄まじい雷雨にあった。雷第一波が2時間ほど続き、テントの中で目をつぶっていてもバッと眩しくなり少しあとに轟音が鳴り響く。一旦収まってやれやれと思ったら第二波がやってきた。この夜はあまり眠れなかった。今までフライシートの張り方が悪く雨漏りした事があったが、今夜はしっかり張ってあったので大丈夫だった。朝5時頃トイレに行くと外国人が1人倒れていたが、幸い酒に酔っていただけであった。外は雨で今日は1日駄目だろうと思いまたテントの中で寝た。7〜8時頃起きてみると雨はあがっていて、やはり1日ごろごろしている気にはなれないのでサース・フェーへ行ってみる事にした。町だけでも見てこようと思った。

MGB鉄道でシュタルデン・サースまで下り、ポストバスでサース谷を登っていく。オーストリアのポストバスはかなり飛ばす。グロースグロックナーではカーブでタイヤを鳴らしながら走る。ザルツカンマーグートのバスも結構なスピードだった。ボクはレンタカーにも乗ってみたかったので国際運転免許証を持ってきたが、この飛ばしっぷりをみてやめた。左ハンドルのマニュアル車でこのスピードに乗っていくのはちょっと怖い。スイスのポストバスは日本のバスと同じようなスピードで走っていた。終点でバスを降りる。ツェルマットと違い人は余りおらず日本人は皆無だ。冬はスキー客等で混雑するのだろう。レングフルー展望台に向かったが通りがかった人に聞くとゴンドラは運休中との事なので、ミッテルアラリン展望台に行先を変えた。ロープウェイでフェルスキン3000mまで行き地下ケーブルでミッテルアラリン3500mへ。氷河の真只中に出た。辺りはガスで何も見えない。展望台には若い男が3人いた。シルトホルンのような回転レストランがあり昼食をとる。3人は先に下りていった。あわてる事はないのでコーヒーを飲んでいたらなんとガスが晴れてきた。完璧にスカーッというわけにはいかなかったがなかなかいい感じだ。思わず山に感謝しながら写真を撮った。

サース・フェー ミッテルアラリンより
最初嫌だったキャンプ場だがどっちみち昼間は留守なので気にならなくなっていた。ボクとしては思い切った行動に出た。例のおじさんにこちらから話しかけに行った。このキャンプ場は外の道路から丸見えで、留守の時誰かが盗難など働こうとした場合、きっとこのおじさんはおせっかい心を発揮して阻止してくれるだろう。やはり関係を保っておく方がいいという打算からだった。アレッチ氷河の情報などを聞いた。中国人のグループがいた。この人達今日はツェルマットの町を散策していたという。サース・フェーの天気はどうだったかなど聞かれた。

6/29 アレッチ氷河

6/28〜29の夜も雷雨、朝になっても晴れない。もうマッターホルンを見ることは出来ないのだろうか。ただ、折角アルプスまでやって来て悪天候が続いたなどという話はよく聞くので、ここまでは十分幸運と言えるのだが。さて、今日はどうするか。最終日に予定していたアレッチ氷河に行くことにした。ツェルマットから距離が離れていて天気は分からないが賭けみたいなものであった。MGB鉄道でブリークまで下り、アンデルマット方面へ行く電車に乗り換える。ローヌ谷も美しい。氷河急行はこの路線を8時間かけて走っていく。フィーシュという駅で降りロープウェイを2本乗り継ぎエッギスホルン山頂を目指す。天気はあまり良くない。ロープウェイ終点から山頂2927mまで徒歩約20分の稜線、ガイドブックには 穂高岳の稜線に似ている」 と書いてあったがその通りだった。穂高に登ったのはもう26年も前で、むしょうに懐かしい気持ちにさせてくれる岩の稜線だった。何と幸運か雲が晴れてきた。もやっとした空気が澄んできて全長23キロのヨーロッパ最大の氷河が全容をあらわした。グロースグロックナーとモン・ブラン、マッターホルン、アレッチ氷河はどうしても晴れた状態で見たかったので、昨日にまして山に感謝の気持ちだった。

“穂高の稜線”;とエッギスホルン山頂2927m アレッチ氷河
奥の雲に隠れているピークがメンヒ4099m アレッチホルン(中)4195m
一番高いピークがフィンスターアールホルン4273mと思われる
“白馬岳の斜面” ローヌ谷

条件が良ければ途中駅のキューボーデンまで歩いて行くがガスの動きが気になる。アレッチ氷河と反対側の斜面は不安定な天気だった。慣れない外国の山で視界がきかなくなることは怖いが、何とかなりそうな気がしてきた。歩いて行くことにした。北アルプスの立山か白馬の斜面を思い出す大変楽しい下り道だった。膝は大丈夫だ。ますます日本アルプスに登りたいという気持ちが強くなってきた。

帰りにツェルマットの駅でスイスカードの使い方について質問したがここの駅職員の対応の悪さは相変わらずで、「I don't know what you mean!」 と言ってボクのスイスカードを投げつけて返した。これにはぶちきれそうになる。確かにおかしな英語で聞いたかも知れない。しかし僅かでも理解しようという気持ちがあれば分かるはずだ。他では常にそうだった。この対応の悪さはここだけのものだ。日本語で 「ふざけるな!客をなめるな!」 と一喝してやろうと思った程だが、初日のウィーンでの出来事を思い出してやめた。怒れば多少すっきりするかも知れないが、それをやるとツキが逃げていくような気がした。ここまでいい調子で来ているのだ。

キャンプ場で例のおじさんに訊いた。明日晴れた場合、シュテリゼーとクライン・マッターホルン、どちらに行くのがいいだろうかと尋ねたら、「おれはクライン・マッターホルンは好きじゃないな、トーフテンがきれいだ。ブラウヘルトからシュテリゼー、フィンデルン氷河を見てトーフテンを通って下りて来るのがいい」 と言われた。ボクはゴルナーグラートの日本人の多さに嫌気がさしていた。しかしおじさんはクライン・マッターホルンにはあまり日本人はいないとも言っていた。日本からのツアー客はゴルナーグラートとスネガだけ見て移動するのだと言う。なんだか勿体無いような話だ。

 

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