6/22 シュミッテンへーエ ザルツブルク

今日はテントを撤収して移動する日。予定ではザルツブルクまで行き、町を見物して00:45分発の夜行列車でオーストリアをあとにする。ただ、何かやり残しているような気がする。ツェル・アム・ゼーでは思い出に残る3泊を過ごさせてもらった。家を引っ越すときなど柱や壁等に思い出が染み込んでいて日頃感じなかった家への愛着がわきでてくる。わずか3拍でも撤収となるとそんな気持ちになる。すぐ出発せずここから近いシュミッテンへーエ展望台まで行ってみることにした。観光案内所で地図をもらい、駅のコインロッカー(使い方が分からず30分くらいかかった)に荷物を入れ、2キロほど歩いてロープウェイで標高1965mの山頂駅に登った。麓からは想像出来ない360度の目の覚めるような大パノラマが広がっていた。南側にグロースグロックナーなど氷河をまとった山塊(ホーエ・タウエルン山群)、北東にシュタイネルネス・メーアの山塊、北西には名は分からないが剱岳のような山がある。眼下には緑に囲まれたツェル湖が美しくあんなところにテントを張っていたのかと思った。写真はうまく撮れていないので伝わりにくいが、北岳と、白馬岳、剱岳、甲斐駒ヶ岳等に囲まれているような感じだ。自分のいるところは美ヶ原か、それ以上か。素晴らしい眺めだった。

ホーエ・タウエルン山群

ザルツブルク。塩の砦という意味。798年に大司教領となる。古くから塩の取引等で栄えたこの町は、北のローマと称される、 と、ガイドブックより引用。やはりこの町の最大のお目当てはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。今年は生誕250年。天才作曲家のパワーをお裾分け願いたいと生家へ向かう。

駅構内から外へ出る。どの町でもそうだがまず方角が分からない。山で使うコンパスが威力を発揮する。線路に沿って左に行くと自然に線路の下をくぐるようになっていて、ひたすらまっすぐ行くとザルツァッハ川に出た。ここまで来れば大丈夫だろうと思っていた。同じ目的の人がぞろぞろ、日本人も沢山いると思っていたが、違っていた。そういえばもう3、4日も日本人に会っていない。川のところで再度位置を確認、橋を渡り細い路地に入り右に曲がると旗が下がっている黄色い建物の下に来た。1756年1月27日夜、天才作曲家はこの家の4階で生まれた。中へ入り4階へあがるとモーツァルトが使用した楽器、自筆の楽譜や手紙、家族の肖像画などがあった。外の広場では様々な国の人が記念写真を撮ったりお茶などを飲んでいる。世界中からファンが集まって来ているようだった。

モーツァルトの生家を後にして、大聖堂を見学して、ホーエンザルツブルク城塞へ向かった。自宅近くにあるような丘にケーブルカーが通っているがどうも大げさな感じがする。ゴンドラ1本、あるいは江ノ島にエスカーというのがあるがあれで十分じゃないか、という訳で歩いていくことにする。しかし歩いていくにしても途中に料金所がありなんか面白くない。どんな小さな山でもナメてかかってはいけないのだがボクはこの山をナメきっていた。たいした距離でもないのに息が切れる。なんだか幽霊屋敷の様だとも思った。この態度の悪さにザルツブルクの神様怒ったか、どす黒い雲が覆ってきて雷雨になる。幽霊屋敷はますますムードを増す。見晴らしのいいところに出た。風雨かなり強く写真を撮るのは難しい。しかしもう2度とこないかも知れない。いや、金とヒマがあればまた来るかも知れないがその保障はない。片手に傘、もう一方にカメラでなんとか撮る。用が済んだらさっさと脱出だ。しかし下り方が分からない。登って来たのだから下りられるはずだがなぜか同じところを回ってしまう。雷雨風いよいよ強くなり結構あせる。身の危険を感じるほどではないが今日は夜行列車でスイスへ向かうのだ。ずぶ濡れになったらかなり不快な思いをする。しかし下りられない。ケーブルカーでの下り口はあるがボクは意固地になる。ますますこいつの世話になるのはイヤになってきた。同じところを3周している。悪い態度への反省の念がほんの少し出てきたころやっと出口がみつかった。

モーツァルトの生家
大聖堂の中
大聖堂
ホーエンザルツブルク城より
ザルツァッハ川と旧市街、ホーエンザルツブルク城

山を下りてからまた道を間違えた。かなり行ってから気がついた。本来よりも右にそれて来ているようなので左へ左へと向きを変えて行く。暗くなってきた。この辺りの景色は地元川崎市と大差なく、午後9時半頃ようやく国鉄の軌道が見えほっとする。列車の到着まで時間があるのでレストランで長居する。ザルツブルクは他にも面白そうなものがいくつかあるが予備知識が不足していて回れなかった。無駄なワンデリングもしてしまった。高山でこれをやったら遭難だ。

深夜、駅構内で夜行列車を待つ。出発前最も懸念されたところだが治安は問題ないようだ。ホームや待合室には大きなザックを背負っている人がたくさんいて昔の新宿駅を思いだす。チロルかその先のスイスアルプスへ行くのだろうか。

 

Home page     ヨーロッパ・アルプスhome     戻る     次へ