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2/14 ツェルマットへの移動日。インターラーケン、シュピーツ、ブリークと3つの駅で乗り換えて行く。出発前懸念されたところだ。 「間違って行き過ぎたり違う電車に乗ったらどうしよう・・」 しかし昨日はもっとたくさん乗り換えて行けた。自信がついていた。ホテルでチェックアウトを済ませ、支配人にツェルマットへ行くと言ったら 「オ−、ナイスッ!」 と帰ってきた。「またいつか来ます」 と言ってホテルを出る。今日も晴れ。グリンデルワルト駅で日本人の団体を見た。こういうやつをツアーというのだろうかと思った。添乗員が 「何時何分ここに集合してくださ〜い」 と言っているが、みなどこへ行くわけでもなく20〜30人の日本人がキオスクの前に群がっている。なんだか我が身かわいい生き物が身を守るため群れをなしているように見えた。3つの乗り換えのうち2つまで問題なくパス。もうすっかり安心していた。 「海外旅行なんて簡単じゃん」 とたかをくくった。そしてこの後、不幸な出来事に見舞われる。 “イジワルな外人さん” とやりあうのである。 ブリークで国鉄を下車、構内から表へ出る。出たところにツェルマット行きの電車のホームがある。車両の横にでかでかと Matterhorn Gotthard bahn とかいてある。「こいつに乗るんだ!」 と思いこんでしまった。時刻表にある12:05分発ツェルマット行きだと疑うことなく思い込んだ。しかし実際この電車は存在していなかった。この時11:40位。出発まで時間がある。車内に荷物を置いて外へ出て写真を撮りタバコを吸った。この国は治安がいい。取られることはまずないと思った。そうしたら荷物のみ載せた状態で電車が動き出してしまったのである。後で分かったがこの電車は11:48分発Goschenen行きだった。思わず声を出してしまった。駅員さんになんとか英語で荷物のことを話したら通じたようで無線で連絡をとってくれた。「ここに1時間後に戻ってくる電車にあなたの荷物はのせてあります」とのこと。良かったと思った。1時間待つ。しかし戻ってきた電車に荷物はなし。車掌さんに聞く。「あなたの荷物はツェルマットへ行ってます」 とのこと。ここでおかしいと思わなければいけなかったがうのみにしてツェルマットへ向かう。ブリークから1時間半位で着く。ツェルマットはこの鉄道会社の忘れ物等が集まるところだった。しかしここの駅職員の対応が実に悪い。というより対応してくれない。片言の英語を理解しようという努力をしない連中だ。ボクは日本語観光協会、旅行会社、日本大使館、保険会社など片っ端から電話をかけた。つながったのは保険会社だ。「それはあなたの過失だから保険の対象にはなりません。ただ出来る限りのことはさせて頂きます」 とのこと。担当の人は携帯電話を通して通訳になってくれた。保険会社と鉄道職員でやりあう。保険会社の人曰く 「親切でない人達」 しばらくしてボクは駅の地下倉庫へ通された。自分の荷物を探せと言われる。しかしない。その後も後続の列車で届いてないか何回か聞いてみるがその都度駅職員の対応実に悪い。あとは知らんといった感じだ。ぶちきれそうになる。ホテルの人が協力してくれてパソコンで紛失届を出してくれた。 ツェルマットの町を歩くとマッターホルンが素晴らしい。女性的な山だと思った。しかしなんという美人だろう。完全に一目惚れ状態だった。残念ながらカメラはあの荷物の中だ。なんともにがい初対面になってしまった。 2/15 朝、荷物は出てこない。残っているのは必要最低限の手荷物のみ。とりあえず登山電車でゴルナーグラートへ向かう。車窓からマッターホルンが見事。どんどん接近していく。空は曇っていたが3089mの展望台からはヴァリスの山々がすべて見える。シルトホルンより寒い。風もある。防寒用の衣類も紛失したため東京の街をぶらつき歩くような格好だ。が、致命的な寒さではない。いったんツェルマットへ下り今度はクライン・マッターホルンに向かう。雪が降ってきた。マッターホルンは姿を隠す。クライン・マッターホルンへはゴンドラとロープウェイ2本を乗り継いでいく。途中駅のトロッケナー・シュテーク2939mから最後の区間が悪天候のため止まった。再開の見通しはたたない。外へ出ると吹雪だ。こうなると寒い。半端じゃなく寒い。数分と外にはいられない。町に下りることにした。クライン・マッターホルン3883mは極寒の世界だろうが行ってみたかった。でもまあアルプスの吹雪を体験できたからいいかと納得させる。 2/16 空港のあるチューリヒへ向かう。マッターホルン・ゴッタルド鉄道の遺失物の担当者からは保険会社の通訳を通して、「荷物はまだ見つからない、捜査中」との連絡をもらっていた。しかしボクはもうこの鉄道会社の人は信用できなくなっていた。ブリークでもう一度1時間くらい待ち、2日前の同じ時間、同じ電車を待つ。ホームを挟んで左側に氷河急行、右側に例の電車がとまった。横っ腹にでかでかと Matterhorn Gotthard bahn と書いてあり、ちっちゃなプレートに Goschenen(ゲシェネン) と書いてあった。駅員さんに何度か確認する。間違いなくゲシェネン行きだ。アンデルマットのひとつ先の駅でツェルマットとは反対の方向だった。すでに携帯のバッテリーも切れており、充電器もいっしょに紛失した為チューリヒのホテルまで戻り保険会社を通して事情を話した。数分して「荷物はあった」とホテルに連絡が入った。どこにあるかは教えてくれない。もう夕方なのでチューリヒまで配送出来ないので後日日本まで送りますと言われた。とにかく出てきてよかった。しかし送料かかるだろうなと思った。しばらくたってフロントから内線で呼び出され、何とロビーにボクの荷物が到着していた。ほっとしてどっと疲れがでてきた。ただこれで今回の旅はいやな思い出にならなくて良かったと思った。送料はこのホテルへの距離分のみで済んだ。チップは多めに払った。 2/17 チューリヒからウィーン経由で日本へ。日本が恋しくなっていた。空からオーストリア・アルプスの山並みが見える。ウィーンが見えてきた。綺麗だと思った。同じヨーロッパでもスイスとは街の雰囲気が違って見える。新たなタクラミが芽生えてくる。ウィーンの街をぶらつき歩きたい。そして陸路シャモニーまでアルプスを横断するのだ! アルプス山脈はフランスの地中海に近いところから発生して、フランス、イタリア、スイス、ドイツ、オーストリア等の国境を越えてウィーンの森に消える。今回はマッターホルンの写真を撮れなかったのが悔しい。今度は夏に行ってみどりに輝くアルプと氷河をまとったマッターホルンを撮るのだ! と誓ってしまった。 2/18 成田空港から各駅で。田んぼと瓦屋根の家が懐かしい風景です。 |