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姪。 ぎゃーと呼んでいる。 ぎゃーは山が好きだ。 山の写真を見るとご機嫌になる。 将来今井通子さんとか田部井淳子さんみたいにアイガーだ、ヒマラヤだと言い出すのだろうか。ボクは鬼のようになって反対するに違いない。その時ボクはいい年だろうから両手に杖持って高尾山か大山なら付き合ってやれるかもしれない。 |
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西沢渓谷の入口は紅葉が見ごろでハイカーがたくさん歩いているが、甲武信ヶ岳の登りに入ると全く人に会わなくなった。登山口で水を汲むのを忘れたため途中の沢で汲んだ。この水少し匂いがついているが5時間強の登りで水無しでは耐えられないのでまあ死にゃーしないだろうと思い少しずつを飲んだ。毎度の事ながら入山一日目は辛い。甲武信小屋まで本当にきつい登りで体はフラフラになっていたがとうとう小屋まで一人も会わずに来てしまった。 |
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ボクは寝つきが悪く初日は深夜まで起きていることが多い。しかしそのために素晴らしい星空にお目にかかることもある。甲武信小屋からの眺めは今までで最高だったかも知れない。オリオン座の一等星の斜め上に天の川がはっきり見えるということはかなり空気が澄んでいる証拠だ。以前雲取山でも見えたがこちらのほうが視界は広い。オリオン座の内側、周辺に四〜五等星クラスかそれ以上の数えきれない星が見えていた。意表ついて猛スピードで飛んでいく流れ星にはいつもびっくりさせられる。 |
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10/28 甲武信小屋 〜 大弛峠 |
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甲武信ヶ岳山頂2475mからのパノラマ。朝日岳(左)と金峰山(中央)。あそこまで歩いて行く。そのはるか後ろに南アルプスが見える。 |
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甲武信ヶ岳からの富士山 |
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両門の頭から。甲武信ヶ岳を過ぎると見晴らしのいいところはここしかない。ガスが左から流れていて面白い写真が撮れそうだったので30分くらい道草をくった。 |
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笛吹川東沢方面 |
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あとはずっとこんな感じだ。2年前雁坂峠から雁峠まで歩いたがやはりこんな感じだった。鬱蒼としたシラビソ原生林を5〜6時間歩くのは山に興味ない人は苦痛以外の何物でもないだろう。視界の利かない尾根道をひたすらもくもくと歩く。 |
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国師のタル付近。標高2200m位。シラビソの背が高くなりさらに鬱蒼としてきた。 |
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国師のタルから400m登りようやくゴールが見えてきた。国師ヶ岳2591m。 |
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北奥千丈岳より北側の展望。長い樹林帯の後のパノラマは刺激が強烈だ。今日も甲武信小屋から5〜6時間の行程でたった2人しか会わなかった。大弛峠まで車で入れるので国師から先は結構人が歩いている。ボクは熊よけに百円ショップで買った鈴を2個つけていたが他の人も何らかの音を鳴らしながら歩いていた。本州の熊は出くわした場合襲ってくることは少ないが、もし人間が母熊と子熊の間に入ってしまった場合母熊は捨身で襲ってくるという。万一そうなったらザックなどで頭を守り全力で最初の一撃をかわさなければいけない。ただ実際山で熊に遭う確立より都会で危険な目に遭う確率の方が高いのではないか? |
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手前が国師ヶ岳2591m。山頂まで樹林に覆われている。奥は右から木賊山2468m、甲武信ヶ岳2475m、三宝山2483m。 |
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奥は破風山。その右に日本三大峠のひとつ雁坂峠がある。 |
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北奥千丈岳2601m。奥秩父の最高峰。 |
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左から三宝山、甲武信ヶ岳、木賊山。こちらからの方がよく見える。 大弛小屋はつい半年前まで避難小屋だったが今は予約すれば食事つきで泊まれる。なんと6500円ですき焼鍋が出てきた。長い距離を歩いた後のご馳走は大変嬉しくガバガバご飯をおかわりしてしまった。夜は出入り口は必ず閉めるようにとのこと。野生動物が入ってくるからでヒグマ以外は何でもいるという。部屋の中は薪のストーブが燃えていた。翌日の朝食も美味しかった。 |
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10/29 大弛峠 〜 金峰山 〜 瑞牆山荘 |
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朝日岳2579mより金峰山2595m |
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金峰山より朝日岳方面 |
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瑞牆山2230m |
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千代ノ吹上。滝谷を思いだす。金峰山の稜線は森林限界を超えていてアルプスを思わせる。大弛峠又は瑞牆山荘まで車で入れるので多くの人が歩いているが急な岩場もある。その後もクライミングジムへちょくちょく通っていたので難しいことはないが馴れない人が何人か途方にくれていた。ここは10年前の冬雪山講習でピッケル、アイゼンを使って登ったがこんなところをどうやって歩いたのか記憶にない。 |
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大日岩 |
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またいつものようにカメラ片手にちんたらやりすぎた。帰りのバスの時間がヤバくなってきたので飯盛山から走って下りていった。 |