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H18年 8/3〜 赤石岳で痛めた左膝の回復が遅れたため出発を8/7夜から8/10夜に延期した。さわやか信州号は500円の追加料金で予約を変更でき、南アルプスのとき初めて加入した1000円のかけ捨ての保険はタダで延期できた。みたびクライミングジムへ行き、高い壁に登りたかったのでインストラクターに確保してもらい練習する。前回半分しか登れなかった壁のてっぺんまで行く事が出来た。左肩に若干鈍い痛みはあったがかなり良くなってきた。やはり腰、膝同様安静にするのが必ずしもいいわけではない様だ。インストラクターから良かったですねと声をかけられるが、大キレットを目指すにはまだ心もとなくもう1日練習しに来る。基本の3点確保をした状態で手足を伸ばしたり縮めたリして、ホールドが遠くても粘って壁に張り付いていられるようになってきた。初回の時は自信喪失していたが自分でも納得できるかたちになってきた。 |
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8/11 北アルプス 上高地 〜 槍ヶ岳 上高地は平成8年のゴールデンウィークに蝶ヶ岳登山が目的で一度来た。明神あたりで靴擦れをおこしたためあきらめて徳本峠に登りテントで一泊。前のページの写真はその時のもの。だからまともに来るのは26年ぶりということになる。夜行バスを降り朝食をとって2つ目の山岳保険に入った。掛け捨てで1500円のものだが今回は念には念を入れる。ストレッチなどして水を汲み7:00頃出発。槍沢ロッジで一泊する予定だがもし行けたら槍の肩まで行きたい。距離にして22キロ、標高差1500mあるが、ここまで行ってしまえば翌日以降展開が有利になる。明神から先は高校のとき歩いて以来。長くて退屈な道という当時の印象だが今は違って緑が綺麗で癒される道だと思った。徳沢から横尾の間で夜行バスの疲れか睡魔に襲われ蛇行しながら歩くようになっていた。この時点で槍の肩までは無理だと思った。横尾山荘のベンチで2時間くらいうとうとしたと思ったが実際は20〜30分だった。これで生き返る。槍沢の河原でショベルカーが何か掘っているが、余計な事して自然を壊すなと思った。ただ、それ以外は高校当事の景観と変わっていないと思う。13:00頃槍沢ロッジ到着。しばらく泊まるか考えていたが天気は大丈夫そうなので一気に槍の肩を目指す。前回はテント等荷物が重くこの道は苦痛でしかなかったが、今回は軽くしてきたことと南アルプスで鍛えられたこともあって、周囲の景色を楽しみながら行く余裕がある。天狗原分岐を越え道は左にカーブしたところで槍ヶ岳が近くに大きく見え感動する。今度は右にカーブして岩礫帯をぐんぐん高度を稼ぎ夕方5:00くらいに殺生小屋に着いた。前回はここで足が一歩も出なくなりテントを張ったが、今日は天気、体力共まだ大丈夫なので肩を目指しゆっくり歩き出す。ここで例の症状が出てきた。標高1500mの上高地から2900mまでいっきに来てしまったので不思議ではない。以前から日本アルプスでもたまにこの症状が出ていたが、高度障害と単なる疲労との区別がつかなかった。オーバーロートホルンに登って分かるようになった。長く座り込んでいる人がいたがこの人も高山病だろう。こういう場合水を多めに摂りながらゆっくりゆっくり歩いていく。槍の肩に着いたのは5:45くらいだったと思うが、3〜4年前の事を思えばよくここまで来れたと思う。以前と変わらない自然が残っているのは大変嬉しかったが変わった事もあった。山小屋の宿泊客に外国人が多くなった。みなマナーも良く米を食べ味噌汁を飲んでいる。いい思い出を残していってほしいと思う。
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8/13 南岳 〜 北穂高岳 朝5時、相変わらず風は強く猛スピードでガスが流れていく。他の人は慌ただしく出発の準備をしているがボクは例によってのんびり構えていた。同じ考えの人が若干いた。6時。ガスが抜けてきた。ストレッチを始める。7時。風が弱くなり日が差し濡れた岩を一気に乾かしていく。チャンスだ。この小心者もようやくテンション上がってきた。これ以上遅く出るのはメリットなし。出発。家で数冊のガイドブックを読みDVDも買って4回くらい見た。ルートの詳細は頭に叩き込んであった。特に危険な箇所は5箇所と認識していた。風は止んだ。急斜面をどんどん下りていくがまだ危険という感じはない。しかし下へ行くほど傾斜がきつくそれらしくなっていく。一本目のハシゴに出た。先行者がてこずっていたが昨日ほど恐怖は感じなかった。昨日雷雲の中を行こうとした年配の男性に会った。ボクは余計なお世話をするのもされるのも大嫌いだがこの人ちょっと安易に考えているので、「ここから厳しいですよ!」 と言った。2本目のハシゴを通過。このあたり期待と不安などというシャレた気分にはならない。もくもくとノルマをこなすのみ。キレットの底に着く。どのガイドブックにもしばらく怖くない道が続くと書いてあるが、やたら浮石が多く道幅はやや広いもののその先は崖になっている。 対向者に先の状況を聞いたら、「今、岩から1人落ちました。落ちる瞬間を見てしまいました。急な岩場がありますが何故か鎖が付いていません。気をつけて下さい」 と言われた。一気に緊張が走った。長谷川ピークはもう少し先だと思っていた。ピーク手前で思いきり休憩して難所に備えようと思っていたがすでに危険地帯に来てしまっていた。登山者が何人も張り付いているトラバースの鎖場の上や下を忍者のように行ったり来たりする人がいる。救助の人だ。「気をつけろ!1人死んだからな!」 と叫んでいた。なんということだ。ゾッとしてさらに緊張が高まる。傾斜のきつい下りのナイフリッジを飛騨側へ乗っ越し(死ぬ程怖い)、さっき言われた鎖のない岩壁に張り付いている時ヘリコプターが飛んできた。爆音がさらに恐怖心を煽り緊張はピークに達する。何度かよぎった。次はオレの番か・・ 瞬間、クライミングジムの壁が脳裏にはっきりした映像で浮かび我に帰った。今張り付いている壁は下を見ると滝谷側へ500m以上もばっさり切れ落ちているが、傾斜はジムの壁より若干緩く手掛かりはある。無意識のうち特訓で覚えた要領で3点支持を守り上体を岩から離すと視野は広くなり足場も見つかった。恐怖心から開放されていった。「オレはここでは落ちないゾ!」 と思った。このナイフリッジは80mほど続くとなっているが記憶は一部飛んでいる。脳みそはどうすれば死なずに済むかで目一杯で記憶する余裕はなくなっていた。A沢のコル到着。時刻不明。結構かかったと思う。今度こそ気合を入れて休憩する。ちょっとした広場になっていて他にも何人か休んでいて誰彼構わず会話をする。 出発。ぐんぐん高度を上げていく。信州側へ切れ落ち、ザラついた滑りやすい箇所がありどこも気を抜けない。3つ目の関門飛騨泣きにさしかかる。プラス思考がささやく。「鎖をしっかり握れ!腕力で力任せに行け!」 DVDとは逆な事を言っているがその通りやるとあっけなく通過。4つ目の難所、信州側のトラバース。今度はマイナス思考が囁く。「下を見ろ・・」 素直に従う。はるか眼下の本谷カールまでズバーッ! こんなふうにプラス思考とマイナス思考が囁き合う事は今まで記憶にない。最後の難所、落石多発ルンゼ状急斜面。下りてくる6〜7人と登る人数人が交錯、ごろごろ、ばらばらと落石の音と 「ラクッ!」 という叫び声が絶え間ない。10〜20分待つ。雲、風が出てきた。往来は途絶えた。鎖にしっかり掴まりとにかく石を落とさないように気をつけて上まで行く。 どのガイドブックにもここで 「危険箇所は終了」 的なことが書いてあるがボクにとって恐い箇所は続く。岩に張付いてしまうとかえって安心で、恐いのはまともな道から岩場への変わり目と何よりこのガレ場のトラバースだ。あの北岳での滑落を思い出してしまうのだ。こういうところでスリップしたりよろけた場合数百m岩雪崩とともに落下していく。低山でもこういう場所はある。これが頻繁に出てきた。通過する前一瞬躊躇する。そしてザッザッと早足で通り抜けようとする。この歩き方良くないと思うがどうしてもこうなってしまう。急な登りで体力的にも精神的にもきつい。北穂高小屋が見えているがなかなか近づかない。はあはあと呼吸もきつくなってくる。慎重に登らなければいけない。ここまで来て事故ったらバカだ。ようやく小屋のテラスに飛び出す。もう安心していいのだが突っ立ったままはあはあぜいぜいがしばらく止まらなかった。 明日は槍ヶ岳の写真などを撮りたい為ここに泊まることにした。涸沢カールの景色が飛び込んできた。お盆だというのに涸沢小屋の下まで雪渓が延びており、明日は南稜から涸沢まで下り、屏風の耳、徳沢経由で下山する事に決めた。さっきの年配のおじさんが来て
「またどこかの山でお会いできるといいですね」
と言ってきた。今日は穂高岳山荘まで行くと言う。「もう難しいところはないですよね」
ときた。またきつめに言った。「今までと変わりません!」
事実、ボクは以前歩いた事がある。このおじさんは本当に甘いと思う。あのザルツブルクの山でさえナメてかかってはいけないのだ。ここをどこだと思ってんだ?
槍、穂高だぜ、なに考げーてんだこのおやじ!死ぬなよおやじっ!
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8/14 北穂高岳 〜 上高地 お盆という事もあり北穂高小屋はぎゅうぎゅう詰めだった。南稜から下っていく。穂高連峰の大パノラマは雄大で素晴らしく、ちょっと行っては立ち止まり写真を撮るいつものチンタラペースだ。道は昨日と違い踏み固められシャバ登山道といった雰囲気があり、歩いている人はかなり多く足取り頼りない人もいる。このお盆休みに年1回の山行を楽しむといった感じだ。涸沢へ下り立った。日本ばなれした山と圏谷、高山植物の緑、大雪渓のまさにパラダイスだ。なんとここのトイレの汚物はヘリで麓まで下ろし処理しているという。自然保護の徹底ぶりに感心してしまった。パノラマ新道の入り口に “健脚向き” と書いてあったが、何とかなるだろうと思い行ってみることにした。あのボクの嫌いなガレ場のトラバースがトラウマを克服せよと言わんばかりに頻繁に現れた。残念ながらプラス思考は囁いてくれずマイナス思考のみエスカレートしていく。崖にハーケンが打ち込んでありロープがかかっているが、もしそのロープが痛んでいて切れたらとかハーケンが古いもので引っこ抜けたら等と考えてしまう。屏風のコルまで意外ときつい登りで時間かかった。コルからは若い男性と一緒に登ったが彼は天気を気にしてボクに引き返すように促す。この心配してくれる気持ちに悪いので 「写真を撮るから先におりて下さい」 と言って 「じゃあ」 という事になった。彼の姿が見えなくなってから再び登りだす。ボクの感覚だと天気はまだ大丈夫だ。途中1人しか会わなかった。曇ってきたので全部は見えないが屏風の耳からの展望は素晴らしい。晴れていれば穂高から槍まで全て見渡せるはずだ。屏風のコルから徳沢までの下りがまたいやらしく、健脚向きの意味が分かった。大きな岩がでこぼこした膝にイジワルな道だった。あの高尾山の登山道みたいな柔らかい土の足腰に優しい道は最後まで現れず、徳沢に着いたときは両膝は悲鳴を上げていた。北穂の小屋に一緒に泊まった人と会った。挨拶したら 「帰りは松本まで私の車でいかがですか?」 と言われたのでご好意に甘える事にした。この人30位の男性で登山経験はボクと同じくらい。こういう人との会話は大変楽しく、おかげで松本からの最終の特急に間に合った。列車に乗ったとき一気に安堵感、今まで経験したことのない大きな達成感をあじわった。
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