H18年 7/3〜

毎日テレビはポスト小泉がどうした、九州が豪雨に見舞われた、どこそこの山林でなんとかちゃんが殺された等と報道している。夢の楽園から戻ってきた身にはシャバのニュースはどうもきな臭く聞こえてくる。東京は蒸し暑い日が続いていたが7月下旬になると連日雨になってきた。梅雨明けの見通しはたちませんとお天気キャスターは言う。冷夏とのうわさもあるが準備だけは進めていく。体調を崩して以来10年間登れなかったが、日本アルプスのことは常に頭の中にあった。欧州アルプスで膝の調子が良くなったことは大変嬉しいが、最終日のヘルンリ稜で足がすくんで引き返した。時間に余裕がなかったとはいえ悔しい思いだ。以前はなんていうことなく歩けたような道だった。リベンジを兼ねて槍ヶ岳〜穂高岳縦走を計画する。相手に全く不足なし。アレッチ氷河の稜線でも槍、穂高への思いをかきたてられていた。平成6年、北岳のトラバース道で滑落事故を起こし、奇跡的に無傷だったが以来岩場やガレ場で足がすくむようになっていた。昨年11月は乾徳山の鎖場で手足が震えやっとの思いで登ったが下りることは出来ず、岩登りは全く下手くそになっていた。この状態で大キレット越えなど不可能に思えたので生田のクライミングジムを訪ねてみた。同時に荒川三山〜赤石岳縦走を計画。高校一年のとき、山岳部の夏山合宿は大雪山に4泊しての縦走だった。下山後仲間達は北海道で鉄道の旅を楽しんだがボクは親からもらった小遣いの残りを使わず東京へ直帰、次の山行の準備をした。槍、穂高か荒川三山どちらかへ行くつもりだった。軍資金に限りがあるのでテント泊だ。当時南アルプス南部は送迎バスはなく山小屋に食事もなかった。小渋川遡行、伝付峠越え、三伏峠から縦走等いくつかルートはあったがいずれも体力的に困難なもので、結局、槍、穂高岳へ登った。荒川三山は計画書まで書いたがその後も登ることなく現在に到る。また、当時のテント泊だとかなり重くその状態で大キレット越えはリスクが大きいので、最初槍まで登って一旦横尾まで下り、荷を軽くして涸沢、北穂、奥穂、前穂と歩いて行く方法をとった。大キレットを迂回して主なピークは全て踏んだ訳だが、何かやり残しているような感じはずっとしていた。大げさかも知れないがこの槍ヶ岳〜穂高岳の稜線、ボクの人生で避けて通れない縦走路のように思える。どうもあの高校一年以来精神年齢の成長が止まってしまったような気さえする。あれから26年、ここでケリをつけねばならないという気持ちがバチバチと火花を飛ばすようになっていた。因縁の槍、穂高、荒川、赤石なのである。

当初先に槍、穂高へ行き、後で荒川、赤石と考えていた。7/27夜、急に気温が上がってきた。梅雨前線の南側に入ったのだ。天気予報は梅雨明けは当分先ですと言っているが間違いなく2、3日で明けると直感した。当然南から明けてくるので先に荒川、赤石岳へ行く事に変更する。別な面でもその方が有利だ。今年は豪雪だったので北アルプスは梅雨明け直後は残雪が多く危険なはずだ。もう一つは先に南アルプスへ行き体力をつけたうえで大キレットを目指した方がうまくいく確率は高くなる。8/3〜8/6は都合で動けないので7/29〜8/2南アルプス、8/7〜11北アルプスと決めた。

7/20初めてクライミングジムで練習した。若者から年配まで利用する人は多く、初日はインストラクターが簡単な説明をしてくれる。コースはたくさんあって難易度が10段階くらいに分かれているが、いちばん簡単な壁しか登ることが出来なかった。高い壁はインストラクターにロープで確保してもらって登るが半分くらいしか行けなかった。持病の左肩がずきんずきん痛んで力を入れることが出来ない。一緒に説明を受けていた人はすいすい登っている。完全に自信喪失してしまった。大キレットどころではない。かなり落ち込む。受付のお姉さんに励まされる。しばらく時間がたってようやく気持ちを切り換えた。まだ日にちがあるのだ。ぎりぎりまであきらめないでやってみようと思った。4、5日後再び来た。肩の痛みはあったが前回ほどではなく筋肉が少し強くなっている感じだ。全く歯が立たなかったオーバーハング気味の壁を登る事が出来た。少し希望が出てきた。7/28夜、明日は出発というのにやたら肩が痛い。鏡で見てびっくり出血していた。Tシャツに血がべっとり付いていた。しかしそれがあってかえって痛みは和らいできた。


7/29〜30  南アルプスへ

7/29朝寝坊してしまう。慌てて新幹線で静岡へ行くがバスに5分まに合わずえらく情けない気持ちになる。ビジネスホテルに泊まろうとしたがやめて大井川鉄道で井川まで行く事にした。日本で走っている蒸気機関車を見るのは初めてだった。サービスで井川湖を船で一周してくれた。お手頃な温泉宿に泊まったがなかなか良く料理も美味しい。翌朝一番のバスで畑薙第一ダムへ行き送迎バスで椹島へ入る。畑薙第一ダムまでクルマで来ている登山者が多かった。水を汲んでストレッチ等して出発。崩壊のため最初高巻きをする。登り始めて僅かなところに鉄塔があったがこんなところに建てるなと思う。7時間くらいで千枚小屋に着く。
思ったほど疲れなかったがザックの重みで左肩は悲鳴を上げていて明日歩けるか心配になる。夕食は以前聞いた話とは違い豪華なものだった。気象庁から梅雨明けの発表があり宿泊客の間で歓声があがる。いろんな人と話をする。明日どこまで行くかという会話が多い。ボクの3泊4日で荒川三山、赤石岳という考え方は古いもので、荒川、赤石、聖というのが今の常識だった。以前と較べて山小屋など格段に充実しているのだ。しかしボクは欧州アルプスで鍛えたとはいえ病み上がりだし、今も左肩痛に悩まされているので自信が持てなかった。夜中外へ出るとプラネタリウムに勝る星空だ。天の川がくっきり見え流れ星が猛スピードで飛んでいく。気温は10度を切っていた。明日は快晴だろう。いよいよ10年ぶりに3000mの稜線に復活することになる。

7/31 荒川三山

一晩寝ても痛みは治まらなかったが予定通り行く事にする。朝食をとってコーヒー飲んで5:45頃出発。森林限界を超えるあたりから嬉しさがこみ上げてきた。一時はあきらめていた3000mの稜線だ。少し歩いては立ち止まり写真を撮りながら行くのでペースは遅くなる。左手の赤石岳が見事だった。千枚岳を越え悪沢岳の登りにさしかかるころはもう嬉しくてたまらないという感じになって来た。この気持ちのよさは何物にも変え難い。日本アルプスには氷河はない。切り立った岩山の迫力でもヨーロッパ・アルプスにはかなわない。しかし日本アルプスは、ハイマツと、高山植物が咲く草地と、岩礫、砂礫帯がモザイク状に混じった独特な景観を持っている。カール状の地形に多く見られ、これが非常に美しいのだ。南アルプスでは特に顕著だ。そして一つ一つの山が大きく見ごたえがある。北アルプスは個々の山は小さいが全長で南アルプスを凌ぎ、明るい山肌と岩と雪渓がある。この全く性格の異なる二つの大山脈を持つ日本の自然はすごいと思う。3000mの稜線はボクをとりこにした。がつがつ歩くのは勿体なくなった。悪沢岳山頂は風が強くヨーロッパ・アルプスの3000mより寒く感じる。長袖シャツにヤッケを着る。悪沢岳の下りは見た目より急でちょっと危険なところもあり、3141mから2900m付近のコルまで下ると暑くなった。登り返して中岳と前岳両方のピークを踏み、トラバース気味に付けられた道を荒川小屋へ下っていく。荒川三山はカールが多いので例のモザイク状地形が多く見られ、カメラを構える機会が多くなるので一向にペースは上がらない。今日はやはり荒川小屋に泊まることにした。広大なお花畑に出た。ペースダウンに拍車がかかる。午後1時ころ荒川小屋に着いた。空荷で大聖寺平まで往復する。少し時間がたって気がついたが左肩が大分楽になっており、まだ痛みはあるが耐えられるものになっていた。このことは大変気持ちを明るくした。ザックのベルトの負荷で筋肉が鍛えられたのだろうか。

7/31の画像

8/1 赤石岳

荒川小屋の食事も美味しく快適な一夜を過ごした。出発は6:00近かったと思う。森林限界を超えるとハイマツと岩礫の斜面がとても綺麗だ。大聖寺平で小渋川からの道と合流するが今は利用する人はいない。以前赤石岳を目指す場合渡渉を繰り返しここまで登ってきたのだろう。今日もペースは遅い。荒川岳の山頂は雲がかかっているが、少し時間がたつと晴れると思ったのでゆっくり歩いて行く。ここからの荒川三山は見事なのだ。急な登りを終え小赤石岳の肩に来たところで荒川三山は全容をあらわす。ザックを降ろして写真を撮る。小赤石岳、赤石岳の山稜も大変綺麗だ。オーバー3000mの稜線は空気が薄く感じられるが高山病にはならない。3日かけて来ているので体は慣れている。左を見るとかなり下までばっさり切れ落ちていて、ボクはわざと崖まで寄って下を見た。大キレットに備えての高度感のトレーニングだ。小赤石岳を越え、憧れの南ア南部の主峰赤石岳3120mに登頂、避難小屋でザックを降ろし弁当を食べ、大沢岳への道を途中まで下ってみる。見晴らしのいい場所に来たがガスで何も見えない。と、思った瞬間雲が動いた。聖岳が全容をあらわす。女性的な美しい山だと思った。しかしやはり南アルプスの3000m峰、堂々としていて大きい。聖岳は再び雲の中に姿を隠す。赤石小屋へは北沢源頭を下って行く。ボクはカール地形が好きなので写真を撮りたかったが、かなり急斜面で落石もありそうなので足早に通過する。すごく気合の入った年配の女性が2人いた。千枚小屋から1日で荒川三山、赤石岳と登り椹島まで下ろうとしている。恐るべき健脚! しかし日本人は本当に頑張ってよく歩く人種だとも思った。お互いたくさん歩けたことを自慢し合う。この呆れる程の勤勉さがあって日本は世界一の技術大国となった訳だろうが、せかせかした雰囲気をそのままヨーロッパ・アルプスへ持ち込んでしまうとどうもよろしくない。あちらの景観とアンバランスに見えたのはそのためだろうと思った。富士見平からの展望は見事だ。しかしガスの流れが速くて写真を撮れない。明日出直して来いということだろうか。赤石小屋でもう一泊する。

8/1、8/2の画像

8/2 椹島へ

空荷で富士見平まで登り返す。約40分で到着、快晴だった。荒川三山、赤石岳、聖岳など素晴らしいパノラマだった。いつも下りで右膝を痛めていたが今回は左膝を痛めた。4日連続で歩くのは久しぶりなので仕方がない。やはり無理のない行程で歩いたのは正解だったようだ。

8/2の画像

 

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