2014年正月  南ア 北岳


大晦日は1日準備に追われニュースを見そびれてしまい、代わりに録画してあったスポーツハイライトを合間に何気に見ていた。元日午後普通列車で甲府へ向かう。四方津から梁川に続く山並みはなかなか素敵である。倉岳山単独では登ったが、いつか縦走したいと思っているがなかなか実現しない。北岳が無事終わり春になったらきっと登りたいと思う。甲府駅前のビジネスホテルでチェックイン。今回はマン喫みたいなところではなくしっかり体を休めようと思ったが、今度は辻井伸行の物語に見入ってしまい寝るのが遅くなってしまった。


1/2 夜叉神峠登山口 〜 城峰

タクシーで夜叉神1380mまで行く。ここはケータイが通じるので天気図をチェック。何だこりゃ? このとき見たのは予想天気図だがほぼ下の実況と同じだった。この時期にしては変動激しく問題は明日3日だ。これ、夏の気圧配置じゃねぇ? この時期にこういうの、まぁ実際あったかもしれないが僕は記憶にない。ふつうに考えて穏やかないい陽気になるはずだが、4日はなんだかうさんくさい。当初今日2日は池山御池小屋泊、明日は森林限界近くにアタックキャンプを張り4日に頂上ピストンと考え食糧、燃料を用意してきた。しかしこの天気図を見て今日は城峰あたりまで足を延ばしテントを張り、明日長駆頂上ピストンに作戦を変えた。冬山の天気が荒れ狂ったらどんなベテランでも歯が立たないだろうが、まして僕の場合、出来るだけ穏やかな山のご機嫌のいいときに、他人のトレースを当て込んでどさくさにまぎれて登らしてもらうというやり方で、それで良いのだ。というかそれでなくてはいけないのだ。ただ3日の午後はガスッて風が強くなるだろうから早めの仕掛けで行こうと思った。荷物を軽くするため食糧1日分とガス缶1つを夜叉神に置いていくことにした。
  


2014 1/2

2014 1/3

2014 1/4

5:40頃出発。途中林道脇の崖から若い男が這い上がってきた。何事かと思ったら昨日北岳の帰り暗くなりここにテントを張ったが風で飛ばされ、何とか崖下から拾い上げてきたとのこと。かなり命がけの作業だったに違いない。トンネルをいくつか越え鷲ノ住山登山口1450mに着く。辛い鷲ノ住山越えはもうこれを最後にしたい。ここでどうしようもないミスをやらかしてしまう。アイゼンを履くとき誤ってベルトのバックルを爪で踏んづけて割ってしまう。正直参った。一気にテンション下がる。自分の馬鹿さ加減に怒りが収まらない。もう登るのやめようかと思ったほどだが荷上げした荷物は取ってこなければならない。ショックを引きずったまま鷲ノ住山を越える。動揺してペースが上がらない。あるき沢橋1240mでもう一度破損個所をチェック。完全に欠け落ちてしまった訳ではなかったので割れた個所にリペアシートを貼り様子をみることにした。10:00頃あるき沢橋出発。なんだかこのチタンクラウポン、このアクシデントで逆に初めて自分の体の一部になり、使いこなせるようになった気がする。すっかりペースを取り戻し13:00頃池山御池小屋2065mに着いた。デポした荷物をドッキングしてもうひと頑張りする。正月だけは結構登る人いるが八ヶ岳のような行列は出来ない。冬の北岳に登る人は強そうな登山者が多く、自分が一番非力に思えてしまう。城峰に3時頃着き、あと2時間頑張りボーコン下まで行ってしまおうかとも思ったが、引き返して2350m付近にテントを張ることにした。こういうふうにスパッと適切な判断が出来ないところにベテランとの差があると思う。こういう時間の無駄があとあとまでひびくのである。設営のときペグ2本を無くしてしまう。さらに、テントの中で火を使っているとき最高ランクのやってはいけないことをやらかしてしまう。コッフェルの底に張り付いている安定プレートに気がつかず火にかけてしまい、いやな臭いの煙がもうもうと出てプレートは変形する。幸い燃えにくい材質だったので火事にはならなかったが、冬山でテントを燃やしたら全くシャレにならない、死活問題になる。そして晴れのアタック当日もまるで連鎖にハマッたようにミスを連発するのである。 
  


1/3 城峰 〜 北岳 〜 城峰

3時起床。気温は高めなのでジオラインは外し4層のレイヤードにする。このうちフリースはザックの中。6時頃出発。左足の踵の靴ずれが痛む。昨日のバンドエイドの貼り方が悪く、我慢して10分くらい歩くが今日の長丁場に耐えられそうもないので一旦テントに戻りバンドエイドとガーゼを貼り直す。アイゼン、スパッツ、靴紐を全部外しまたつけ直すので1時間のロスになってしまった。アイゼンのバックルは昨晩リペアシートで再度補強してあり大丈夫そうだった。気を取り直し出発。しばらく樹林帯の登りが続く。森林限界に近くなったところでもよおしてきた。朝テン場では出そうもなかったので今日1日もつだろうと思ったがヤバくなってきた。この上は吹きさらしの稜線で、達人はどんな場所でもやるだろうが僕にはそんな “技術” はない。迷ったあげくここでキジを打つことにした。この面倒くさいと思い迷う時間が勿体ない。スパ〜ンと決断しないといけない。いざおっぱじめると地吹雪に襲われ “作業” は困難を極めた。発狂しそうになる。キタナイと思ってはイケマセン。誰だってキジは打つのです。篠原涼子だって仲間由紀江だって多分僕と同じ成分の、臭いのヤツを毎朝ぶっ放して 「あ〜 スッキリしたワ・・」 とか思ってるハズなのです。

今日は6〜7人が同じコースを登っているが僕はビリになった。自分だけ取り残されるようで不安だった。天気はいい。北アルプスまで全部見える。それほど寒くない。しかし “正月の太平洋高気圧” が長続きする訳がない。気持ちが焦る。時計を見ると9時と少し。気を取り直して上を目指す。2年間引きずってきたあの悔しい思いはもうしたくない。今回は簡単には引き下がらないゾ、と思っている。ボーコン沢ノ頭できつい登りは一段落し、吹きさらしの尾根を八本歯ノ頭2920m目指し歩いて行く。やはりこの時期にしては気温は高いが雪は多めで、ときたま叩かないと雪ダンゴになる。右に小さな雪庇、左は急斜面、落ちたらヤバイ。時折地吹雪が襲いかかってくる。八本歯ノ頭直下の風をしのげるところで軽く食べテルモスのお湯を飲むが、口元から少しこぼれてアウターシェルのファスナーにかかり凍らせてしまう。こうなると厄介で息を吹きかけて開くようにするしかない。

いよいよ核心部を通過する。八本歯の難所は急なヤセ尾根の下り、いやらしいトラバース等あるが前半は慎重に下れば大丈夫だ。2年前引き返した問題の岩壁に来た。無雪期なら手がかりは豊富だが半分雪に埋まっていてやはり下りられない。フィックスロープは無かった。また引き返そう等と思ってしまった。年末に見たスポーツ番組の上原浩治の言ったことを思い出す。「そう簡単に諦められるもんでもないんだよね。やることやってきたんだから。妥協したわけでもなくきちんとやってきたんだから・・」 ワールドシリーズでピンチのときそう思ったそうだ。気を取り直し支点に15mロープを結び、ハーネスはつけっぱだったのでスリング、カラビナ、ATCをセットする。懸垂下降は練習した通りうまくいった。気分良くなった。下りたところで右にトラバースしてハシゴを下りとうとう八本歯ノコル2870mまで辿り着いた。ここから標高差323m登り切れば頂上だが、地形は急峻さを増し気象も厳しくなる。半分雪に埋まったハシゴを越え、右のトラバースで昨日小屋で会話をした単独のベテラン登山者が下りてきた。「ここで立ち止まってはいけない。沢の源頭だから」 とのアドバイス。右手に真っ白な大樺沢がスパーンと落ちている。稜線は風がかなり強いが頂上はさほどではないと教えてくれた。朝4時に出発すると言っていた、昨日追い越した夫婦のパーティが下りてきた。唯一僕より足取り頼りないと思える人達だったが早くから頑張って登頂を果たしてきたのだ。間ノ岳が最も良い光線状態で見えていたが時間が遅いので写真を撮る気持ちの余裕は無かった。シェルの下にフリースを着込み出発。頂上が近くなってきた! 待望の登頂を果たせるのだろうか? 急斜面をガンガン高度を稼ぐ。スリップは許されない。照り返しが強烈でかなり暑い。ウェスタンクウムはこんな感じだろうか? 田部井淳子は口の中まで火傷する、昼間に星が見えると言っていたからこんなものじゃないだろう。緊張と疲れでこのあたり少し記憶が曖昧になっている。右上がりの斜面をトラバース気味に登っていったと思う。

標高3090m、白峰の主稜線に出た。やはり日本アルプス最高峰の風は凄いとちょっと嬉しくなった。ここでまたトラブル。シェルのフードのしぼり方が分からなくなってしまう。一応確認はしてきたが買って間もないので操作に慣れていなかった。こういう細かいこともしっかり練習しなければいけなかった。一旦脱いでやれば訳ないことだが風が非常に強いので下手すると飛ばされてしまう。結局そのままで出発した。耐風姿勢を取りながら進む。致命的なミスをやってしまうところはここいらへんだったと思う。夏道にそって進んでいたがどんどん傾斜がきつくなってくる。夏道はここをジグザグに登るが今日の雪の状態ではそのラインが取りづらい。踏み跡も頼りないものがあちこちについていてどれが本物か分からない。20m位左にはっきりしたトレースがあったのでそれめがけてトラバースする。しかし傾斜がどんどん急になっていく。40°位だろうか。時間のロスも大きくもう危険なのでいよいよ本気で登頂を諦める決心をしかけた。今回はいつも言うプラス思考とかマイナス思考とは別ものが指令を出しているように思える。しかし後ろを振り返ると引き返すのも困難なところにはまり込んでしまっていた。下を見ると白い巨大な滑り台。進退きわまり途方に暮れる。イチかバチか頂上へ向かう方へ強行突破に踏み切る。体を斜面に正対させピッケルを叩きこむ。シャフトいっぱいまでもぐる。2点支持厳守で片足を4〜5回づつ蹴り込み足元を固めながらながらジリジリと進んで行く。足もピッケルも確実なアンカーになっているか甚だ頼りない。左手にペグでも持っていればもっと安定するのにと思う。さらに傾斜がきつくなる。45°位だろうか。全く生きた心地がしない。今迄の人生で最大のピンチかも知れない。「神様・・」 思わず心の中で叫ぶ。なかなか安全なところにたどり着かない。あと一歩のところで焦って急いで体を移動させてしまったがどうにか一触即発の状態から抜け出す。安心感あるシャバトレースが上の方へ伸びていて安堵する。今のトラバースでだいぶ余計に体力を消耗してしまった。ホントに簡単には登らせてくれないものだと思う。もう風など怖くない。秋の偵察で覚えのあるクサリ場を過ぎジワジワと高度を稼ぐ。歩くスピードは上がらない。またトレースが二手に分かれているが雪庇が張り出していなければ右から行く方が安全なのは偵察で分かっている。ここを登りきってついに登頂を果たした。標高3193m。13:20位。
   


仙丈ヶ岳

間ノ岳

山頂。ミゾーのピッケルが証拠品

中央アルプス

天気が悪くなる前に安全な樹林帯まで下りなければという焦りが勝って達成感に浸る余裕は無かった。4枚だけ写真を撮り少し食べて水を飲み下山にかかる。事故の多くは下山時に起きているから気を抜けない。北岳の頂稜を歩いている幸せに浸りたいところだが全くそんな余裕はない。先ほどのトラバースをせずまっすぐ下り、傾斜の緩くなったところを夏道目指し左にトラバース、これが正解だった。行きのときは一旦20mほど来た道を下り左にトラバースすれば良かったのだ。ただこの部分はトレースがさびしくなっていて分かりづらく、気持ちも焦っていたので判断を誤ってしまった。無事だったのは全く運が良かったからだ。分岐点に来た。立っていられない程の強風をくらいしばらく体を立て直せずにいた。風が止まないので無理やり八本歯の方へ足を踏み出し下りていった。高度感のある急斜面をどんどん下りていく。頂上から八本歯ノ頭まで、どこでスリップしても致命傷で全く心は休まらない。行きと違い風が吹いている。半分雪に埋まったハシゴを下り八本歯ノコルに下り立ち、今度は難所を登り返す。練習でやってきた様に先程のロープにATCを絡ませユマールのようにして登る。うまくいった。ロープを回収して慎重にトラバース、登りと進み八本歯ノ頭に辿り着いた。

一気に張りつめていた緊張が緩み何度かアイゼンでつまずき一度は思い切り前のめりに転んでしまった。ほんの僅かな傾斜なのにアイスバーンでしばらくうつ伏せのまま滑っていった。滑落の心配はないところだったがヒヤッとした。骨折、捻挫で歩けなくなったら結果は同じだ。昔山本浩二が言ったことを思い出す。腰痛で早く終わってほしいと気持ちが守りに入ったとき、日本シリーズ3連勝4連敗を喫してしまったとのこと。僕は早くテントに帰りたい、早く終わりたいと、頭がそれで一杯になっていた。南ア前衛を前景にして半分雪の飛ばされた富士山は超カッコ良く、以前雲取山から見たものと双璧だと思った。しかし気持ちに余裕は無く写真は撮れなかった。地吹雪で消えかかったトレースを辿り単独の男性を追い越しボーコン沢ノ頭到着。ここでも休憩しなかったと思う。午後はガスに巻かれるのではと心配していたが大丈夫そうだ。しかし風が強くなり地吹雪が竜巻のように渦をまいて何本も舞い上がっていて、実に恐ろしい光景だった。“冬の太平洋高気圧” による高温がそうさせているのだろう。樹林帯に入ると風の影響は減り安堵するが、疲労困憊でやっとの思いで下りている感じである。樹林帯でもスリップするとヤバイところはいくらでもある。ギリでヘッデン無しでテントまで帰ることが出来た。食欲が無くなるほど体力を使い果たしていた。過酷なアルバイトだったので腰痛になりテント内で長時間座っていられず、明日の分の水は作らずに寝た。風の音が凄まじかったが周囲の木々にブロックされ、テントを多少揺らす程度に弱められていた。
  


1/4 城峰 〜 夜叉神峠登山口

5時頃起床。食欲はないが荷物を軽くしたいので無理やり食べる。キジを放つ。昨日使った紙と他のゴミも一緒にして焚火をする。燃えカスを残してはならないので少量のガソリンを持ってきた。火はよく燃えた。テントの撤収時にまたミスをやらかす。ポールを外し一瞬仮置きしたところがごく僅かに傾斜していて、ナイロンの袋に入れようとしたらポールが1本音も立てずに消えていた。そんな馬鹿なと思い下を見ると何と滑落していた。5m位下の雪の深い斜面に刺さって止まっていた。どうするか考えたがアイゼンを履き取りに行くことにした。また時間をロスしてしまう。昨日と同様急斜面だったが雪が安定しているので大丈夫だろうと思った。しかし樹林帯とはいえ落ちたら命が無さそうに見える。何とか救出して無事這い上がる。昨日ペグ2本を無くしたが滑落してしまったのかもしれない。そんなこんなで出発は10時を過ぎた頃になってしまった。池山御池小屋に下り荷物の残りを回収しいよいよ本格的に下山にかかる。

義盛新道の下りは樹林帯だが急斜面の連続で神経使う。3000mの稜線でもここでも滑落した結果は同じに思える。喉がからからに渇き、水は1ℓあるが節約しないと途中で無くなる。今回は軽量化のためストックは装備から外し、実際、ピッケルの方が使い良かった。野呂川林道に着いたのは13時半頃だったろうか。かなり疲れていた。林道を下流へ向かいトンネルを3つ越えると吊り橋へ下りる道がある。ここも岩場等ある難所で雪も部分的にあるから靴紐を締め直しアイゼンを付けて行く。一ケ所難しい岩場があり横着せず一旦アイゼンを外し通過してからまたつけ直す。時間かかるが疲労でうまい足運びが出来なくなっているので確実な方法で行く。アイゼンを履いたまま吊り橋を慎重に渡りいよいよ鷲ノ住山の400mの登りにかかる。標高1130mから1534mまでの登りであまり良い道ではなく、最後に下りの岩場の難所がある。そこを過ぎれば南アルプス林道でようやく安心できる。鷲ノ住山頂上までアイゼンのつまずきに気を付けながらゆっくり登って行く。ホントに苦しい登りである。400mといえば高尾山と同じ標高差 (勿論ケーブル、リフト使わず) だが3倍くらい苦しく感じる。ほぼ中間に発電所の鉄塔がある。広葉樹林から針葉樹林に変わり奥秩父主脈縦走路のような雰囲気になる。苦しい登りはまだまだ続き、北岳山頂直下の辛さと全く変わらない。もし昨日の朝靴ずれのケアをやっていなかったら、今頃泣く思いをしているだろう。ようやく頂稜に達する。ここはいつも野呂川を吹き抜ける風が強く体温を奪われるところだ。アイゼンで地を這うワイヤーにひっかけ転びそうになるが事なきを得る。最後の難所、岩場のナイフエッジをアイゼン履いたまま無事通過、凍った下りを経てとうとう南アルプス林道に辿り着いた。

ここも結構風が強いので凌げるところまで行きアイゼンを外す。後は楽勝林道かと思っていたが疲れがピークに達していたので思いのほかきつい。途中一か所ケータイの通じるところがあり夜叉神までタクシーを手配する。これでトンネル内で幕営せずに済むので安堵した。いざテントを張ってしまえば快適なのだがその決断をするまでがとても憂鬱なのだ。ふり返るとまだ暮れ切らない空に白峰の稜線がはるか高く、今日はもう曇って見えないと思っていたので予期せぬ対面となった。ザックを背負ったまま立ち止まり無事登らせてもらったことに感謝する。名残惜しいがタクシーの予約があるので残り少ない体力を使い歩き出す。観音経トンネル手前はごく僅かな上り坂で、普段気にしていなければ気付かない様な登りだがとても辛い。そしていよいよ前に千と千尋の神隠しと書いた夜叉神トンネルに入っていく。歩けど歩けど出口に着かない。上から落ちてくる水などもう気にしなくて良い。タクシーに乗れば乾いてしまうだろう。それにしても長い、疲れるトンネルだ。出口の手前に残しておいたガス缶と食糧が無くなっていた。登山者が盗んだのなら良い。少々心配だったのは林道の管理者等に不用意に廃棄されると爆発の恐れがある。トンネル出口の重いドアを明けると甲府盆地の夜景が見えてきた。普段は何とも思わないこのエゴと策略に満ちた俗世界に表現しようのない感激を覚える。一晩寝ればこの感激は去り山が恋しくなるに違いないが・・ 18:40頃、例のごとく自動販売機のお茶とコーヒーを流し込む。タクシーの運転手は芦安の人で林道関係者とも面識ある人だったのでガス缶のことを伝えてもらうよう頼んだ。ただ、今は正月休みとのことなのでやはり登山者が持っていったのだろう。


とうとう永年の夢だった冬の北岳は終わった。最初に登りたいと思ったのは1996年正月の鳳凰山から見たとき。この後体調不良で永らく山から遠ざかり、次に登りたいと思ったのは2008年夏。このときは、奥穂高〜西穂高縦走を優先して考えていたので、これが済んだ2010年秋から本格的な計画に入る。足掛け3年半ということになる。今回は大キレットや奥穂〜西穂のような達成感、充実感があまりない。心技体に余裕無かったのと、運に助けられて登らせてもらったと思っているからだろう。自分で登ったという実感があまりないのだ。最終日にテントのポールを落としてしまうがもし初日で拾えなかったらとか、テントが火事になっていたらとか数え上げればキリないお粗末の連続だった。義盛新道の下りでゴーッとかズドーンという音がひっきりなしに聞こえていたが、季節外れの高温で発生した底雪崩の音だろう。あの山頂直下のトラバースは雪崩の危険が大きかったのではないだろうか? 雪崩の発生しやすい斜度は30°〜50°と言われ、そこをショックを与えながら通過していたのだから、後で考えるとゾッとする。今無傷で生きているのが有難いような、不思議なような気もする。なけなしの金叩いて揃えた大事な山道具もペグ2本以外はみな無事帰還している(実はこのペグが心残り) 。

冬の北岳はやはり今の自分の実力に対してオーバースペックの山だったと思う。2年前の八本歯の稜線では身の危険を感じ引き返したが、全くそれで正解だったと今は思う。あの時の技術、体力、装備、認識、あの時間で強行していたら危なかっただろう。昨年は大陸の1060hPaという恐ろしく優勢な高気圧にビビッてしまい、鷲ノ住山の強風で右手人差し指が軽い凍傷になり、義盛新道をしばらく登ったところでココロが折れ退却した。悔しい気持ちに情けなさを加え引きずる結果になったが、この正月は大寒波による遭難が多数発生した年で、帰りの夜叉神〜芦安の林道でも台風のような暴風が吹き折れた枝が路上に散乱していた。やはりココロを折られてしまった時は引き返すべき時なのかも知れない。もっと自分の感性に自信を持って良さそうである。と同時に今回自分の非力さ、技術の無さも痛感したが、無事に登って帰って来た今となっては全てが貴重な経験で、大きな収穫を得られたと思う。

2008年夏以来の目標は立山の雄山と大汝山が残っているが、ここは登らずにとっておきたいと思う。  



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