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山に登れぬ日々 |
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平成8年頃から仕事で酷使した肩、腰などを痛めて山に登れなくなってしまった。平成11年、治療に専念するため退職。12年、阿佐ヶ谷から川崎に引っ越した。 このころは近所の風景などを撮っていたがつまらない。山に登れないというのは本当にストレスたまる。こんな時期が5〜6年続いてとうとう鬱病になってしまった。おまけに金欠。もう最悪、人生のスランプである。 平成14年の暮れ頃、本屋で目にした一冊を立ち読みする。著者はみなみらんぼう、タイトルは忘れた。内容は 「山登りで腰痛がよくなった」 というもの。著者の腰痛の原因は背骨の腰の部分が変形していることで、これを改善するため町のウォーキングから始めて山にも登るようになったというもの。 背骨の変形という根本的なものはおそらく治っていないだろうが、それを保護する腹筋、背筋などが鍛えられ、ついでに贅肉も取れて背骨への負担が軽くなり、痛みが軽減されていったと書いてあったと思う。 ボクは当時金欠だったので本屋で購入せず立ち読みしたがこの本との出会いは大きかったと思う。それまであまり腰に無理をかけないようにしていたのを思い切って方針を変える。先ず近所を歩くことから始めた。会社から帰宅後30分程はなれた銭湯まで往復する。距離にして3〜4キロ。ボクの腰痛は重症だった。会社で椅子に座っているのが辛い。午前中はまだいいが午後になると激痛に変わる。営業なのでただでさえストレス溜まるのに激痛に堪えるストレスが加わる。不眠症になっていた。 当初この3〜4キロの歩行が辛かった。が、だんだん歩けるようになる。自宅から府中本町まで13キロ、阿佐ヶ谷から経堂まで8キロ、などにも挑戦した。13キロも歩くとびっこのお爺さんのようになってしまった。 半年以上たった会社の夏休み南アルプスへ向かった。この年は冷夏で雨が多く、芦安〜広河原間は通行止めのため信州側から入る。こちらは初めてだがとても景色がいい。鋸岳、甲斐駒など雲間から見事だった。北沢峠でバスを降り広河原まで約10キロ歩く。南アルプスは稜線も素晴らしいが谷もいいと思った。両側はV字形に切れ落ち、その急斜面を原生林がびっしり覆っていて何本も滝がかかっている。豪快な眺めに感動する。広河原到着。腰にさほど痛みはない。こいつは実に嬉しい。景色に見とれて痛みを忘れて歩いていた。北岳方面へ砂防ダムがなくなるところまで登ってみる。北岳は雲に覆われていて見えない。 広河原でひと休みして帰ろうとしたとき何か気配を感じて後ろを振り返る。吊橋の向こうから北岳に 「なんだ、もう帰るのか」 と話しかけられたような気がした。山に心の中で挨拶をして町に向かった。 一週間後丹沢の塔ノ岳に登った。大倉から市道53号線を戸沢出合まで歩き、天神尾根、花立、塔ノ岳、大倉尾根、大倉と歩いた。距離にして15キロ位。標高差1200m登り下り。腰はかなり良くなってきた。この山行でずいぶん自信がつく。このあと草津白根山から草津温泉、雲取山、雁坂峠へと出かけたが、それぞれの山域ごとに違った良さがあり改めて山の素晴らしさに感激する。が、また新たな問題。膝が弱くなってしまっていた。下りで毎回痛めてしまう。一体オレの肉体年齢はいくつなんだと思う。実際年齢はこの時39歳。精神年齢は16〜17歳位? それはともかく再び日本アルプス3000mの稜線に登りたい。しかしこの膝痛ではちょっと自信がない。
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